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東京地方裁判所 昭和38年(ヨ)2197号 決定 1964年3月24日

申請人 柏木厚

右訴訟代理人弁護士 上条貞夫

外二名

被申請人 日立電子株式会社

右代表者代表取締役 久保久雄

右訴訟代理人弁護士 橋本武人

外三名

主文

申請人の本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請人が求めた裁判

「申請人が被申請人会社(以下会社ともいう。)の従業員として、電波機器部マイクロ波機器設計課立体回路設計係たる地位を有することを仮りに定める。

申請費用は被申請人の負担とする。」

第二、当事者間に争のない事実

一、被申請会社は高周波機器、高周波応用装置およびこれに関連する機器の製造販売を業とし、申請人は、昭和三五年四月会社に技術者として雇傭され、昭和三六年八月から昭和三八年三月頃まで株式会社日立製作所戸塚工場に出向を命ぜられ、会社へ復帰後は電波機器部マイクロ波機器設計課立体回路設計係として勤務していた。

会社は、昭和三八年一二月九日石井宗典設計課長を通じ申請人に対し、昭和三九年一月中に福岡市所在の日立製作所九州営業所(以下九営という。)に出向を発令する旨を内示した上、同年一月二一日付で申請人に対し右出向命令(以下本件出向命令という。)を発令した。

二、昭和三六年二月二二日頃、会社従業員の間に昭和電子労働組合(「昭和電子」は会社の旧称号。現在の日立電子労働組合)が結成されたところ、会社は、同年三月一日組合執行委員長栗須英雄、同月三日副執行委員長小林宏、書記長高橋勇、執行委員北村幹男、藤田俊平、中根一三を解雇し、その後昭和三七年八月三日組合員清水明男、昭和三八年三月一八日同勝山研子を解雇した。右解雇につき、小林、藤田、中根を除く被解雇者は会社との間に当裁判所で係争中である。

第三、争点

一、申請人の主張

(一)  不当労働行為

1、申請人は組合員として、次のように活溌な組合活動を行つた。

(1) 昭和三六年三月組合結成当時、組合青婦部副部長および同部機関誌「若人」の編集委員として、前記組合幹部の解雇に反対する機関誌記事や教宣ビラを作成配付し、同年五月一六日の解雇反対ストライキには青年行動隊員として坐り込みや構内デモの先頭に立ち、

(2) 前記出向先戸塚工場から復帰した直後、昭和三八年四月の春斗に際しては、賃上げ要求につき執行部案が大会で否決されるという情勢のもとで職場の共同討議には執行部案反対の活溌な発言を行い、次いで同年五月には組合代議員選挙に立候補し、

(3) 同年一一月の年末一時金斗争に当つては、職場討議で組合執行部と議論し、同月一八日組合大会では組合執行部案による斗争集約に強力に反対した。

2、(1) 会社は、組合結成直後前記栗須らの組合活動に激しい敵意を示し、同人ら組合幹部六名をまず企業から排除し、以後一貫して同人らに同調する組合員を攻撃し、その組合活動を抑圧することにより組合の弱体化を図つてきたのであり、前記清水、勝山の解雇もその一環をなすものである。

(2) 申請人の上司であつた東生造主任は、かねて申請人に「栗須英雄は共産党だから附き合うな。」と申し向け、前記代議員立候補に際しては申請人に対し「将来のためにならないから」と再三立候補の辞退を強要し、また石井宗典マイクロ波機器設計課長は、右選挙後「君が代議員に立候補するとは全く意外だ。推せん人は誰だ」などと申請人を詰問した。

3、出向先の九営は遠隔地の別会社の事業場であり、しかもそこでの業務は技術とは全く異なる営業面の仕事であつて技師としての生命を奪うにひとしく、上記1、2の事実に照せば、本件出向命令は、会社が栗須ら被解雇者に同調する正当な組合活動を嫌つてした不利益取扱であるとともに、組合における執行部批判グループの勢力を弱め組合を御用化するためにした支配介入であることが明らかであり、不当労働行為として無効である。

(二)  経営指揮権の濫用

申請人は東京を生活の本拠とする技術者であり、会社との雇傭契約は技術者として東京およびその周辺の会社の工場に勤務することを当然の前提としたものであるから、労務の内容および労働の場所に著しい変更を生ずる九営への配転には申請人の同意を必要とするか、少くなくともやむを得ない業務上の必要に基くことを要する。しかるに、会社が配転理由として主張するところは根拠薄弱でなんら合理性がなく、これを上記契約事情や出向により申請人が受ける著しい不利益と対比すれば、会社が一方的にした本件出向命令は、経営指揮権の濫用として無効である。

(三)  保全の必要

本件出向命令に応ずることは、前述のように申請人の技術者としての将来に致命的であるばかりでなく、他に組合員のいない出向先では組合活動の余地が全くないし、命令に応じなければ解雇される蓋然性が極めて大きい。

二、会社の主張

(一)  会社が出向命令を発令するまでの経緯は、次のとおりである。

1、会社の製品はすべて高度に専門化した注文製品であり、その受注販売は専ら日立製作所の各営業所を通じて行われるのであるが、右営業活動のためには製品に通じた専門技術者を必要とするところから、会社は、従前から日立製作所の要請があれば、営業技術員として会社の従業員を出向させることにしていた。

2、九営では、かねて営業技術員の出向を希望していたが、昭和三八年八月頃からオリンピツク放送に備えてテレビ難視聴地域解消のため放送各社のサテライト(テレビ中継機)需要が急に増え、とくに九州地区では増加需要に対する同業各社の競争激化が見込まれたので、同年九月、一〇月の再度にわたり会社に対して、サテライト関係営業技術員の適任者一名の出向方を要請してきた。そこで、会社は同年一一月二〇日出向者を申請人、その発令時期は業務の都合上一月中旬頃と決定し、同年一二月九日その旨を申請人に伝え、翌三九年一月二一日付で本件出向命令に及んだ次第である。

(二)  会社が申請人を出向者として選定したのは次の理由による。

1、会社のサテライトが他社製品に優る長所はキヤビテイ(電力増巾用空胴共振器)にあつたので、キヤビテイ関係の設計担当者が注文獲得競争上最も適当であつた。

2、当時会社のキヤビテイ関係設計者は福田、蓑原、申請人の三名であつたが、福田はサテライト部門設計のまとめ役でその出向は会社業務に支障を生じ且つ妻帯者でもあり、蓑原は昭和三八年度新卒者で知識経験が浅く、右両名に比して申請人は、出向後直ちに活躍を期待できる知識経験を有し、しかも独身で身軽に赴任できる者として、最適任であつた。

(三)  九営で申請人が担当すべき営業技術員の仕事は、専門的知識を不可欠とする技術者本来の活動分野の一つであつて、その経験は実務技術家としての将来にむしろ有益であるし、出向先での待遇、給与に変りはなく、勤務時間の点ではむしろ有利である。

(四)  本件出向命令は、専ら会社の業務上の必要に基くものであつて、会社は申請人の組合活動については全く関知せず、これを不当労働行為ないし権利濫用とする申請人の主張は、すべて当らない。

第四、争点の判断

一、申請人がその主張のような組合活動を行つたこと(申請人の主張(一)の1(1)ないし(3)の事実)および会社がその主張のような経緯から本件出向命令に及んだこと(会社の主張(一)の1、2の事実)は、いずれも一応認められる。

二、従前の労使関係(申請人の主張(一)の2(1))

(一)  昭和三六年二月組合結成当時就業時間内の組合活動の許否につき会社と組合が激しく対立し、会社は組合幹部の時間内組合活動が業務命令違反等の懲戒事由に該当するものとして、前記栗須ら六名を解雇した。組合は右解雇に対し青婦部員らを中心にストライキ等激しい反対斗争を行つたが、いわゆる三者構成(電機労連、同東京地協、日立総連)による斡旋もあり、栗須らの辞任に伴い選ばれた新執行部のもとに、解雇問題は法廷斗争に委ねることとして、同年六月争議を終結した。しかし、栗須らおよびこれに同調する青婦部員らの一部は組合幹部の御用化等を唱えてなお会社内における反対斗争を続けた。昭和三七年二月右解雇の不当労働行為救済申立が都労委により棄却され、翌三月栗須らは組合から除名されるに至つたけれども、同人らを中心に「日立電子不当馘首撤回斗争委員会」が結成されて、組合員に執行部批判を働きかける等の反対活動を続けている。

前記清水は昭和三六年二月に雇用され翌三七年五月から組合代議員となつたが、臨時雇用であるとの理由によつて同年八月会社から解雇され、また前記勝山は昭和三八年三月千代田区大手町所在本社東京事務所への配転命令に応じないことを理由として懲戒解雇された。

その間組合は、昭和三七年一〇月会社との間に臨時雇、試用雇等を非組合員とする等のユニオンシヨツプ協定を結び、昭和三八年一月部員の年令制限を緩和する等青婦部の組織改革を行つた。

(二)  申請人は前記数次の解雇は会社の一貫した反組合的意図に基く不当労働行為であると主張し、会社が栗須ら旧組合幹部の解雇反対活動に反情を抱いていたことは窺われるけれども、幹部更迭後の前記組合の態度が会社の支配介入による自主性喪失の結果であることについては十分な疏明がなく、その他右解雇につき会社の不当労働行為意思を推測させる諸事情についての疏明も、解雇理由その他の反対事情に関する会社側の疏明と照し合わせると、申請人の主張を一応肯定できるまでの心証を得ることは困難である(この主張の成否いかんは本件出向命令の当否の判断に影響する重要な点であるが、現疏明の程度においては、成否いずれともたやすく結論を下し難い。この点の判断は、現に当裁判所に係属する右被解雇者らの解雇係争事件の裁判において明確にされるであろう。)。

三、申請人に対する会社職制の言動(申請人の主張(一)の2(2))

(一)  昭和三八年五月の組合代議員選挙に申請人の課から申請人と久保田善郎とが立候補したが、同月一五日投票の結果は八対八の同数、翌一六日再選挙の結果も同様で翌一七日再々選挙の結果一票差でようやく申請人の落選が決定した。申請人の直近上司に当る東生造主任は一五、一六両日会社からの帰途同行した申請人に対し「技術屋は技術に専念すべきで、その方が君の将来のためにもよい」と立候補を辞退するよう勧告し、さらに一七日昼休中にも同様の勧告をくり返した。またその頃石井宗典課長は、申請人が代議員選挙に立候補したことに関連させて申請人に対し「技術者は技術に自信を持たなければならない。そのためにはもつと仕事に身を入れるように」と注意した。

(二)  右東、石井両名の言動は組合運営に対する会社職制の支配介入と一応解し得るものであるが、東主任については、同人も組合員であり、前月の春斗における職場討議には申請人と同じく執行部案反対の立場をとつたことが認められるから、同人がした前記辞退勧告は組合員ないし技術者なかまとしての忠告であつて課長ら上層幹部の意を体したものではないと解する余地がないではなく、また同人が申請人に「栗須英雄は共産党だから附き合うな。」と言つた事実については、疏明不十分である。

四、申請人を出向者に選定した理由(会社の主張(二)の1、2)

(一)  会社製のサテライトが他社製品に優る特徴がキヤビテイの構造機能の点に存することは明らかであるところ、他社との競争に当つて右の点を顧客に十分解明して説得することが販売政策上有利であり、そのためのセールス・エンジニヤとしては、サテライト部門中特にキヤビテイ関係の設計担当者が適任であることは、首肯するに難くない。

(二)  当時会社におけるキヤビテイ関係設計担当者は、申請人(昭和三五年大学卒)のほか、福田(昭和三六年大学院卒)、蓑原(昭和三八年大学卒)の両名がおり、福田は上席者として当該設計部門を総括していた。なお福田以外は独身であつた。右三名から出向者を選定するにつき会社が主張する(イ)前記出向目的に十分な知識経験を有し、(ロ)比較的身軽に赴任でき、(ハ)なるべく出向により業務に支障を生ずることが少ない者との選考基準自体は格別不自然、不相当なものとは解せられず、疏明によれば、申請人は(イ)の点において蓑原、(ロ)、(ハ)の点において福田にまさり、三名のうちでは比較的右基準によく適合する者であつたことを認めるに足りる。

五、本件出向命令についての不当労働行為の成否

(一)  出向後においても申請人は会社従業員として給与、昇進等の待遇になんら変りはなく、勤務時間の点ではむしろ若干有利となることが予想されること、申請人が出向先で担当すべきセールス・エンジニヤの仕事が生産部門、設計部門と並び企業内における実務技術家としての固有の活動領域に属し、この職歴を経ることが一般的に、また会社内においても技術者としての将来に致命的なマイナスとなる類のものでないことは、いずれもこれを認めるに難くないけれども、東京と本件出向先の福岡では多少とも文化的経済的生活条件に落差があり、一般に俸給生活者(特に申請人のような大学卒の)の間に中央大都市から地方への転出を嫌う傾向があることは否めない事実であり、また技術者(特に申請人のように若い)にとつて技術の売込みといつた営業的色彩の濃いセールス・エンジニヤの仕事が生産ないし設計部門の仕事に比べて一般に魅力に欠けるものであろうことは、常識的に技術者気質といわれるものからも推測されるところであつて、現に会社内の若い技術者の間にこの仕事を歓迎しない気風があつた事実が窺われる。さらに出向先で申請人の組合活動が著しく困難となることも明らかであるから、会社に不当労働行為意思が認められる限り、本件出向命令は労組法第七条にいう不利益取扱ないし支配介入に当るといえる。

(二)  そこで、会社が申請人に対し本件出向を命じた意図について、検討してみるのに、

1、会社が申請人を出向者に選定した理由が一応合理的なものとしてうけとられることは、上記四に判示したとおりである。

2、申請人の組合活動は、(1)昭和三六年組合結成当初の解雇反対斗争(申請人の主張(一)の1(1))、(2)昭和三八年の春斗(同2)、(3)同年の秋斗の三時期におよそ区分される。このうち(1)の時期における活動が最も活溌で、青婦部副部長(もつともこの期間は約二週間で短い)ないし「若人」の編集委員として、組合活動に比較的重要な地位をしめていたが、昭和三六年八月他の同僚二名とともに日立戸塚工場に出向を命じられた際には、申請人も組合もこれを不当配転として争つた形跡はなく、右出向中の約一年七ヵ月は全く組合活動をしていない。(2)および(3)の時期における組合活動は、主として職場討議における執行部案に対する反対発言であるが、これらの時期においてこれと同程度、同内容の組合活動が他の組合員によつても相当広く行われたであろうことは、春斗の執行部案が大会で一旦否決された事実からも窺うに足り、執行部案に対する反対活動において申請人がとくに際立つて中心的役割を演じたという疏明は、不十分である。

3、申請人の上記(1)ないし(3)の組合活動のうち、代議員立候補についてはもとより、その他の組合活動について、会社の職制、少くとも申請人の直属上司である主任、課長はこれを窺知していたものと認められるし、会社が栗須ら旧幹部の解雇反対斗争に反情を抱いていたことも前記(二の(二))のとおりであるが、申請人が明確に栗須らの主張に同調しこれを支持する組合活動を行つたのは(1)の時期に限られ、以後の組合活動については、昭和三八年末本件出向の件が表面化するまで、栗須らないし前出「馘首反対斗争委員会」の活動と交渉があつたことの疏明がない。

叙上の点を上記一ないし四に認定した結果と照し合せて考えると、本件出向命令が申請人の組合活動の故にまたは組合の運営に支配介入する意図からなされたことにつき十分疏明があつたものとはいい難く、不当労働行為の主張は理由がない。

六、本件出向命令についての経営指揮権濫用の成否

申請人と会社との雇傭契約が、申請人の主張するような生産ないし設計技術部門における東京周辺の会社工場勤務であることを前提として締結されたということを首肯するに足りる疏明はなく、会社が申請人に出向を命じた経緯、理由が前認定のとおりであるとすれば、本件出向命令は経営指揮権の正当な範囲内のものというべく、これを濫用とする申請人の主張も理由がない。

七、結論

以上の次第で本件出向命令が無効であるとの申請人の主張は理由がなく、従つて、この無効を前提とする本件仮処分申請は被保全請求権について疏明がないことに帰し、また保証によつて右疏明を補わしめることも相当でないからこれを却下すべきものである。よつて、申請費用については敗訴者である申請人の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 橘喬 裁判官 吉田良正 三枝信義)

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